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一倉 宏

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2010/03/19 (金)
祖母と 坂の上の雲

お彼岸の天気予報が・・・気になるところ。
墓参には連休前半か、しかし高速は渋滞必至か。

  メディアの歴史と、時間のスケール。

  俳優の本木雅弘さんとCMの仕事をしているの
 で、ドラマ「坂の上の雲」の話をときどき聞いて
 います。秋山兄弟はもちろん、正岡子規をはじめ
 じつによい配役です。小説のドラマ化にありがち
 な違和感を、ほとんど感じませんし。
  その書き出しにあるように、また作者もよく述
 べていたように、この物語の本当の主人公は、変
 わろうとする「国」そのもの、明治という「時代」
 そのものでしょう。いまの私たちに、明治は遙か
 な歴史に思えるでしょうか。私個人の感覚でいえ
 ば、自分との関係が希薄とか断絶とか、そういう
 感じはしていません。明治三十七年生まれの祖母
 がいて、一○三歳まで生きていたからです。祖母
 の人格やことばに、私は少なからぬ影響をうけて
 います。老いても、精神の背筋がすっと立ってい
 るようなひとでした。そして、基本の色調が明る
 いのです。なにごとにも好奇心をもちポジティブ
 に考える、そんな姿勢を貫きました。あのドラマ
 のトーンと同じです。私はそこに、最後まで祖母
 の精神にあった、色調と匂いを感じます。
  祖父は早く逝き、記憶もわずかですが、祖母の
 話によれば、村一番の馬乗りで近衛兵を勤めたと
 のこと。近衛騎兵隊はいまの戸山公園、司令部は
 毎日新聞東京本社近くにあったようです。いつか
 祖母を連れて散策を、と思いながら、かなわぬま
 まに終わりました。残念です。そんなことを思い
 出しつつ、竹橋から神田神保町の古書街へ。この
 世界一の古書街では、明治期に出版された書籍で
 も容易に手に入れることができます。あるときは
 奥付の年号が祖母と同い年の、ちょっとした叢書
 を新刊書に満たない値段で購入しました。
  なんていうのだろう。こういう「ものもちのよ
 さ」というか「連綿とつづく感じ」が、私は好き
 です。好きというより、人間はそうして生きてい
 るのだと思います。時代はあっという間に変わる
 ようにも思えます。だけどそれは、ほんの一部で
 はないのか。表層の、情報の波。明治生まれの日
 本人が、まだまだたくさん生きている。そしてい
 ろんなことを考え、感じている。

  明治から平成までも生きつぎて
  新聞を読み 芋の皮むく     千代子

  祖母が九十五歳のときにつくった短歌です。
  残念ながら、新聞の投稿歌欄には載らなかった
 ようですが。事実、祖母はちょうど百歳になる頃
 まで新聞を読みつづけました。新聞も本も好きで、
 何時間も読みました。日露戦争の年に生まれ、あ
 の坂の上からいままでの時代を、歴史を、リアル
 タイムの紙面を、読みつづけてきたのです。
  私は、懐古主義者ではありません。コピーライ
 ターなんていうカタカナ職業に従事し、原稿はパ
 ソコンで書き送り、ネット社会の恩恵も充分に享
 受しています。けれど私は、電子的な情報がすべ
 てを凌駕する、とは思っていません。日々の情報
 を集積し、選別し、総合し、考察する。ときには
 歴史を語り、引用し、参照する。その機能におい
 て、新聞に勝るものはまだありません。
  ときに「新語・カタカナ語辞典」をひきながら
 新聞を読んでいた祖母。好奇心旺盛で新しもの好
 きだったから、もうちょっと元気で長生きしてい
 たら、きっとネットにも興味を示したと思う。そ
 れも残念。でもやっぱり祖母は、新聞の方が好き
 だっただろう。それは私も同じ。祖母の歌が載り
 大切に取っておかれた投稿歌欄の切り抜きの、そ
 の「実在」を確かめながら、思うのです。

        (『 SPACE 』2010.3. より )

毎日新聞社広告局が発行している広報誌の巻頭コラムに
こんな思い出を書きました。