blog ブログ

一倉 宏

Back Number
2013/01/21 (月)
ことしのキーワードはなんだろう?

毎日新聞社広告局『SPACE』連載の巻頭エッセイ。
(昨年12月に発行されたものです)

 「癒し」や「絆」の、その先にあるものは。

  関西在住の教え子から、ときおり近況報告が届きます。毎回楽しみな
 のは、ストーリーマンガの形式を取っているからでもあります。
  年のはじめには「今年の旅行貯金は東北のために。海外に行ってる場
 合じゃない」と、主人公は宣言していました。そして秋には「今年の旅
 は福島でした」というレポートも届きました。行程はじぶんで組んだひ
 とり旅。南相馬でボランティアを、会津若松で旧友に会って、居酒屋で
 地酒を飲みながら話して、といった内容でした。
  私の事務所がJR東日本さんの「行くぜ、東北」キャンペーンに関わ
 っていることを知ってのことかどうかはわかりません。関西に住んでい
 ますので、たぶんそれとは関係ない自発的な計画と行動だろうと思いま
 す。「もうひとごとと思えないほど、この土地が好きになってしまった」
 と、その旅の最後のページを結んでいました。
  このような私信をなにか美談のように紹介するつもりはなく、また本
 人も「たいして役に立たないけれど、自己満足とわかっていて」。私は
 そこに、ある「時代のリアリティ」を感じたのでした。毎年楽しみにし
 ていた南の島でのバカンスじゃなくて、東北へ行こうという気持ち。そ
 うせずにはいられなかった心のざわめき。そして、自己満足にせよ獲得
 したある種の充実感。それはやはり、なにか新しい、価値ある体験だっ
 たはずです。
  時代の価値観、あるいは気分を、ひとことで表すとしたら。そんな質
 問を、インタビューや座談会などで投げかけられることがあります。こ
 れほど答えのむずかしい質問もないでしょう。震災以降、人々の価値観
 は変化したといわれます。それをひとことでいえば。コピーライターだ
 から、なにか気の利いた、感心させるようなひとことを求められている
 のでしょうか。いやはや。
  もうずいぶん長いあいだ「癒し」ということばがキーワードとして君
 臨していました。たとえば音楽業界でも、旅行などのサービス業でも。
 たしかに言い当てている「ひとこと」でした。社会が行き詰まりを感じ、
 徒労感にさいなまれ、肉体も精神も疲れ果てた、この20年であったと思
 うから。そういえば、街のあちこちにはマッサージ店の看板がいまも増
 えつづけています。
  また、震災直後から頻用されたのは「がんばろう」と「絆」です。こ
 れも人々の気持ちの共通項を表したひとことに違いありません。だから
 これほどいろんなところで使われたのでしょう。一個人として異論があ
 るわけでもない。かんばらなければと思ったし、家族や地域共同体のた
 いせつさを再認識したのは、私もまた同様でした。
  けれども。その「ひとこと」だけでは、どうもものたりない気持ちに
 なっています。言いたいことはよくわかるし。賛同もできる。だけど、
 では、どうすればいいの。なにができるのか。
  時代の気分、社会の気持ちは、その先のさらに具体的ななにかを探し
 ているのでは。もっと手応えのある、リアルななにかを。そこでヒント
 になったのが、あの教え子の旅のレポートでした。とりあえず行動して
 みる。会って話してみる。そんなモードへ、一歩進んでいるように思え
 ます。
  新聞は、つねに時代や社会とともにある「ことば」です。私たちがつ
 くる新聞広告も、そうでありたいと願っています。まだ先ゆきははっき
 り見えません。キーワードは定まりません。変化してゆく生活者の価値
 観をどう捉え、どう応えていくのか。新聞も新聞広告も、そこに身震い
 するほどの責任を、そして表現者のやりがいを感じるべき時が来ていま
 す。僭越ながら、そう考えます。