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一倉 宏

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2013/08/27 (火)
カウントされない死について

弓道のS先生は 90才を過ぎても指導員をつとめられていた
さすがに近年は 足腰をかばって 座射でなく立射をされたが

平日 昼間の道場で個人練習する射手はすくない
あるとき 用があって立ち寄ってみると
壁にもたれることもなく こくりこくりと居眠りをされていた

おそらく あの日も そんな平凡な昼間だった
あの日 東日本大震災の日

関東大震災の記憶もある 江戸っ子のS先生は 
港区赤坂から葛飾柴又まで ひとり歩いて帰ったのだという

Google Map が 瞬時に計算するところによれば
その距離は平常時でも 健常者の足で徒歩3時間34分だという

ようやく道場が 日中に限り再開されるようになっても
S先生は 二度と姿を見せることはなかった

どんなに停電しようと 東京は被災地ではなかった

被災死でない カウントされない その死だってやるせない
それがぼくの いちばん近くにあった死だった

原発事故に死者はいない なんて
どんな想像力の これっぽっちもなさが いえるのだろう?