私が新入社員だった頃。
『POPEYE』という雑誌に、エッセイ風、編集タイアップ風コピーを
書いていました。もう30年も前の話。
おもにアメリカの若者文化のトレンドを紹介する情報誌で、一世を風
靡し、アメリカンカジュアルな「POPEYE」少年が、街をキャンパス
を闊歩していました。そのGFは「OLIVE」少女です。
モノの情報が溢れはじめたのもこの頃、この雑誌が嚆矢でしょう。
じつは私、この手の「情報」とやらがかなり苦手で、だから一生懸命
勉強したり、あるいは自分の好きなものを勝手にこじつけたりして書
いていました。萩尾望都さんの『ポーの一族』でブラディマリー、そ
れから村上春樹さんの『風の歌を聴け』でビールの話を、など。
その中から、若書きの赤面のひとつを。
『ライ麦畑』にはたしかに、マテニーが snob で phony な大人社会
の飲みものとして登場しますが、ジンライムは日本のかなりドメスチ
ックな飲み方でアメリカ風ではないと思います。
なぜ、ジントニックぐらいにしなかったのだろう・・・。
それから、シティボーイってことばも、いまや恥ずかしいなあ。
サリンジャーの小説は、ジンライムの味がする。
ニューヨークの片隅の青春を描いたサリンジャーの傑作『ライ麦畑で
つかまえて』を読んだことがあるかな。ひとクセもふたクセもあるこの
小説の登場人物の中に、コロンビアの学生でカール・ルースという男が
いる。主人公ホールデンより三つ年上のスケコマシ野郎だ。
ホールデンが「あの頃つきあってた彼女、どうしてる?」ってきくと、
「今頃ニューハンプシャーで娼婦にでもなってるだろう」と、平然とし
ていう。心優しいホールデン君としてはちょっとカチンときて、「そう
いう言い方はないよ」とかみつく。カールも、シニックを気取ってるだ
けかもしれないけど。
そういえば、カールはマテニーばかり飲んでいた。それも極端にドラ
イ、つまりほとんどジンに近いやつ。ベルモットなんて香りだけすれば
いいってぐあいだ。このあたり、スノッブで斜に構えてるカールの人柄
がよく出てる。
一方、ホールデン君の方は、このカクテルが気に入らない。「ゴルフ
をしたり、ブリッジをやったり、マテニーを飲んだり、そんなオトナに
はなりたくない」てなぐあいだ。サッカーやローラースケートの好きな
ホールデンなら、シンプルにジンライムか何かの方がいいね、きっと。
サリンジャーのこの小説が発表されてから20数年。今じゃシティボー
イたちのバイブルみたいにいわれてる。ドリンクひとつとっても、ジン
ライム、ジントニックなどの、よりシンプルなカクテルがうけていると
いう近頃の風潮、ホールデン流のセンスと無縁じゃないと思う。日本で
もサントリージンのすっきりした切れ味が、ライムやレモンの爽やかな
香りをのせて浸透中だ。
ホワイトスピリッツは青春の心の色。どんな色に染めてみてもいい。
たとえば『ライ麦畑』の感動のラスト、回転木馬に乗った妹を見まもり
ながら、雨のセントラルパークにたたずむあのシーンなら、やっぱり、
透き通ったライムグリーンのイメージだね。