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一倉 宏

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2011/02/26 (土)
薫クン への手紙 

薫クン
(僕より年上だからこの呼び方は失礼なんだけど
 かつてみんながそうしたように こう呼びます)

あなたの消息を知れなくなってもう30年以上が経ちました
薫クンはあれからどうしたのだろうと 僕たちは何度も話し
噂では やっぱり東大法学部にすすみ いまは霞ヶ関にいる とか
いや 三田宗介先生についた とか 文学部独文で柴田翔だ とか
たんぽぽの種子のような それこそ微かな風の便りもときに聞いたけど
もとより僕は日比谷の卒業生でもないし 薫クンのその後を知りません

由美ちゃんは白百合かフェリスをでて薫クンと結婚 したのかな
少なくとも男子の多くはそんなふうに思っているふしがあって
いや東女でいまは離婚 上智でサークルの先輩の別の男と なんて
女の子たちは言ったりしてた それはもちろん無責任な噂話で

それより僕は あなたが

世界中を放浪しながら 「オデッセイ」と「アラビアンナイト」と
「源氏」と「西遊記」と「罪と罰」と「種の起源」と「資本論」と
「論理哲学論考」と「ゲバラ日記」と「ライ麦畑」と「志ん生」と
統合したような壮大な物語を構想しつつ ・・・死んだ
30才で プノンペンで 判読のむずかしい構想ノートだけ残して
という伝説なのかガセネタなのか あるいは僕の妄想にすぎないのか
わからないけれど せめてそれは不意の事故死 とかであってほしい 

薫クン いまどこでなにをしていますか
僕たちは知りたかった あなたが大好きだったから
そのあとの苦悩とか挫折とか どうして話してくれなかったのですか
それはダメになったあなたを見たかったから では決して決してなく

・・・崩れるように 行き詰まり 押し黙っていった
   その後の 僕たちの 青春たち

お返事をいただけないことはもとより承知しています 
もちろん作中の人物であることも それでも
この手紙がちゃんとあなたのもとに(S.F.氏ではなく)届きますように

 庄司 薫 様

                       一倉 宏