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一倉 宏

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2010/10/23 (土)
日々のソネット #7 〜耳を塞いで〜

  耳を塞いでいる

 悲しいニュースに耳を塞いで 男は電車に乗る
 忠告のアナウンスに耳を塞いで 女は三鷹で乗る
 誰かの苦しげな声に耳を塞いで 誰もが乗っている

 きのうの上司に耳を塞いで 彼は揺られている
 別れの予感に耳を塞いで 彼女は立ち続けている
 みんな なにかに耳を塞いで みんな黙っている

 季節のささやきに耳を塞いで ひとが歩いている
 交差点のクラクションに耳を塞いで 自転車が走っている
 ティッシュ配りに耳を塞いで みんな急いでいる

 アジアの アラブの爆音に耳を塞いで 僕は生きてきた
 パレスチナの 東欧の銃声に耳を塞いで 君は生きてきた
 怒りと 哀しみの歌に耳を塞いで みんな生きている 

 みんな じぶんの歌だけを聴いて 耳を塞いでいる
 みんな なにかに耳を塞いで こころ塞いでいる

ずいぶんサボって、8ヶ月ぶりのソネットです。
アーサー・ビナードさんと話していたら
やっぱり「韻」って、こだわっても意味ないか、と思い。

(・・・いわずもがな、のことですが
みんなイヤホンに「耳を塞いで」いる
昨今の街風景について、詠んでいます)

きょうのソネット ☆☆☆☆
私がシンガーソングライターだったら・・・歌うのに。これ。



  1. 生きているということは、耳を塞いでいるということ。
    なんだなぁと、罪悪感をもちながら共感しました。

    人の歌には耳を塞いでいるくせに
    じぶんの歌は聴いてくれという。

    ちょっと反省しました。

    以前コメントを寄せた
    3バカトリオ三男の長谷川です。

    TCCパーティでいただいた
    一倉さんの名刺のお名前のたたずまいは、

    ど真ん中で「おれの歌を聴け」というより、
    耳を塞がないで、人の話を聴こうとするような
    姿勢を感じました。

    ぼくもなるべく、耳を塞がないで、傾けたいです。

  2. ichikura より:

    いやいや。
    私こそ「ひとの話を聞いてない」と、よく言われます。

    ところで・・・なるほど。
    この「塞ぐ」の反対語は「傾ける」になりますね。
    「耳を塞ぐ」と「耳を傾ける」だけじゃなくて
    「こころ(が)塞ぐ」と「こころ(を)傾ける」も!

    耳とこころは、通じている?

  3. たしかに。耳をあえて塞ぐことも
    たいせつな気がしました。

    ブレーン12月号で、
    「誰のアドバイスにも耳を傾けるな。」
    というような一倉さんのアドバイスに
    微笑みながらも、考えさせられました。

    耳とこころは、
    体内で通じているのかもしれませんね。
    「おまえ、もっとこころを開けよー」
    というのは、
    「おまえ、もっと耳を傾けろよー」
    に似ている気がしますし。

    こころが通じ合うというのは、
    ふたりだけの声に
    ふたりだけで耳を傾けているような状態ですかね?

    これからは、
    「こころ」というアバウトな単語を聞いたときは、
    いつも「耳」に置きかえて考えようと思います!