留守中、郷里の従弟Kから「携帯の番号を変えた」と
連絡があったらしい。ふーん、と思っていたら、翌朝
また電話があった。「Kくんから」と、妻がいう。な
んだかいつもと違う暗〜い感じなのだけど、緊急の相
談事らしいので、とりあえず話を聞く。「家族にも会
社にもナイショで健康器具を仕入れて売るバイトをし
ていたんだけど」「大口の取引がまとまったところで
納期が遅れて」「つい会社の金で埋め合わせちゃって」
「経理部長がいうには今日中に戻せば内密に」と、絶
体絶命のストーリー。なーんだ、結局は「・・・振り
込んでもらえないか」という相談だった。「いくら?」
と聞けば「105万」、消費税込みかよ! 「わかった。
すぐに折り返すから」といって、「変更前」の従弟の
番号にかけてみた。「どうしたの、なんかあったんか
い?」と明るい声が返る。賢明なる読者諸氏は読んで
る途中でとっくにお気づきのことと思いますが、当事
者の私は結末直前まで信じかけて、心配してしまった。
「ことば」の説得術にかけてはプロともいえる、この
私でさえ。いや、じつに巧妙なストーリーテリングと
リアルな演技力でした。妻に「ほんとにKって名乗っ
たの?」と問えば「いったよ!」「いった気がする」
「そういえば、いってないかも」と記憶を訂正する始
末です。何事も天然に信じやすい妻や、家族愛に溢れ
たご老人が相手なら、イチコロに違いない。こうして
「笑い話」で済んだからいいけど、なんていってられ
ない「ことばの詐術」の恐ろしさも痛感した。だけど、
この体験談をするたびに、家族も友人たちも大いに笑
う。恐怖と笑いは紙一重、という一席かもしれない。
(「クリネタ」Vol.7 寄稿 )
いまから考えれば、振込み先まで聞いて、警察に通報して逮捕!
というのがいちばんの正解なんでしょうけど・・・
そこまでの機転も演技力も、私には欠けてました。