捨てられないものが、わたしは好きだ。
服ならそれは、着物がちかい。
どこか私の知らない街で
いつか誰かがたしかに着ていた着物が、
いま、こうして私の手元にある不思議。
大切にされていたかどうかは、
着物にぜんぶ書いてある。
たぶん、その着物に最初に袖をとおしたのは、
若くてすらりと背の高い、手足の長いひとだった。
ある日、その着物を着て出かけたら
たもとがチクチクするものだから、
よくよくしらべたら、それは、忘れ針だった。
はじめてみる和裁の針は、
華奢で、けれどしなやかで、
誰かがそこに忘れたことさえ忘れるほどに、か細く長く。
きょう私に、こうして見つけられるまで
たもとに忘れられたまま、けれど手もとにあった忘れ針に
せつない物語のようなものを感じて。
捨てられなくて、忘れられないものになった忘れ針は、
いまは裁縫箱に、そっとしまってある。