SE:海
渡り鳥にきいたのですが、
海に浮かぶ丸太のことを、流木というらしいですね。
わたしは、大きなメイプルの流木 といったほうが、
皆さんにはわかりやすいかもしれません。
いまはこうして、海におりますけれど、
かつてのわたしには、たくさんの仲間がいたのです。
コネチカット州にある、メイプルの森に。
いまでもよく覚えています。
わたしが生まれた日の、朝のこと。
1センチでも高い世界を知りたくて、
仲間たちと競うように、空を求めた。
森にやってくるリスや、虫、鳥たち、
5月はモントリオールからの美しい風。
すべての葉を落とす頃、雪をつれてやってくる、冬の静けさ。
メイプルの森では、
切り倒される日を 夢見ていました。
シロップを出さないメイプルにとって、
長く愛されるものに生まれ変わることは 誇りなのです。
ピアノやギターになってステージに立つ夢を語る者、
堅実な仲間は、家具などの調度品になることを望みました。
けれどわたしは。だれも見たことも
なったこともないものになりたかった。
あるとき、森のフクロウに聞くと、
それは「しあわせ」というものだと教わったので
では、その「しあわせ」というものに
なってみようと思ったのです。
SE:チェーンソー
その日が、とうとうやってきました。
それは、長い長い 旅の始まり。
いくつかの山を超え、
港で船を待つあいだ出会ったウミネコに
わたしは しあわせについて、いろいろなことを聞きました。
おなかがいっぱいになることや
恋人をもつこと。ウミネコのしあわせは、
木であるわたしには、よくわからないものでした。
それから、しあわせになりたいなら自由でなければといいました。
SE:海
海に出て、ずいぶん長い時間が過ぎました。
渡り鳥や、イルカのトモダチもできました。
海は、なかなか楽しいところです。
もしまたウミネコに会うことがあれば、
聞いてみたいと思います。姿は丸太のままですが、
わたしはしあわせになれたのか、ということを。
この原稿は、TBSラジオ「村上ゆきのスローリビング」内で放送されたショートストーリーです。