東京タワーは、赤坂の路地裏からもよく見える。
「あの日」に曲がってしまったタワーの先端は、
夏の間にすすんでいた工事を終えたようで、
しばらく見ない間に、元のぴんとした先っちょに戻されていた。
どうしても、元に戻さなくては
なにか困ることがあったのだろうか。
きっとあったのだろうと思う。けれど。
もしも、東京タワーがあのままだったら。
たとえば海外からの旅行客に、
「あの日」の恐ろしさを、少しは伝えたかも知れない。
東京で働く私たちはそれを見るたび、
先っちょが曲がってしまった理由を思い出したかもしれない。
「あの日」を過ぎて生まれた少年が、
なぜ曲がっているのかを、いつか大人たちに聞くかもしれない。
もしも、東京タワーがあのままだったら。
ある日の社会面は、きっとこう伝えるだろう。
「震災の記憶 残される
東京タワー 先端修復しない見通し」
東京タワーの先端は、いまはもう何事もなかったようになった。
これまで通りの仕事ができるようになった。
だれの疑問も起きないように、なった。
先端だけが新しいことは、遠目にも、登ってもわからない。
そういえば。東京に来て20年近くたつけれど、
東京タワーには、まだ一度も登ったことはない。