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坂本 和加

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2012/01/20 (金)
「メイプルツリーと海」

SE:海

渡り鳥にきいたのですが、
海に浮かぶ丸太のことを、流木というらしいですね。

わたしは、大きなメイプルの流木 といったほうが、
皆さんにはわかりやすいかもしれません。

いまはこうして、海におりますけれど、
かつてのわたしには、たくさんの仲間がいたのです。
コネチカット州にある、メイプルの森に。

いまでもよく覚えています。
わたしが生まれた日の、朝のこと。
1センチでも高い世界を知りたくて、
仲間たちと競うように、空を求めた。

森にやってくるリスや、虫、鳥たち、
5月はモントリオールからの美しい風。
すべての葉を落とす頃、雪をつれてやってくる、冬の静けさ。

メイプルの森では、
切り倒される日を 夢見ていました。
シロップを出さないメイプルにとって、
長く愛されるものに生まれ変わることは 誇りなのです。

ピアノやギターになってステージに立つ夢を語る者、
堅実な仲間は、家具などの調度品になることを望みました。

けれどわたしは。だれも見たことも
なったこともないものになりたかった。
あるとき、森のフクロウに聞くと、
それは「しあわせ」というものだと教わったので
では、その「しあわせ」というものに
なってみようと思ったのです。

SE:チェーンソー

その日が、とうとうやってきました。

それは、長い長い 旅の始まり。
いくつかの山を超え、
港で船を待つあいだ出会ったウミネコに
わたしは しあわせについて、いろいろなことを聞きました。

おなかがいっぱいになることや
恋人をもつこと。ウミネコのしあわせは、
木であるわたしには、よくわからないものでした。
それから、しあわせになりたいなら自由でなければといいました。

SE:海

海に出て、ずいぶん長い時間が過ぎました。
渡り鳥や、イルカのトモダチもできました。
海は、なかなか楽しいところです。

もしまたウミネコに会うことがあれば、
聞いてみたいと思います。姿は丸太のままですが、
わたしはしあわせになれたのか、ということを。

この原稿は、TBSラジオ「村上ゆきのスローリビング」内で放送されたショートストーリーです。