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坂本 和加

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2011/06/16 (木)
忘れ針の物語

捨てられないものが、わたしは好きだ。

服ならそれは、着物がちかい。
どこか私の知らない街で
いつか誰かがたしかに着ていた着物が、
いま、こうして私の手元にある不思議。

大切にされていたかどうかは、
着物にぜんぶ書いてある。
たぶん、その着物に最初に袖をとおしたのは、
若くてすらりと背の高い、手足の長いひとだった。

ある日、その着物を着て出かけたら
たもとがチクチクするものだから、
よくよくしらべたら、それは、忘れ針だった。

はじめてみる和裁の針は、
華奢で、けれどしなやかで、
誰かがそこに忘れたことさえ忘れるほどに、か細く長く。
きょう私に、こうして見つけられるまで
たもとに忘れられたまま、けれど手もとにあった忘れ針に
せつない物語のようなものを感じて。

捨てられなくて、忘れられないものになった忘れ針は、
いまは裁縫箱に、そっとしまってある。