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一倉 宏

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2013/03/10 (日)
ミスター リリック 〜 ふたたび

  ミスター リリックを探して
                        
 1987年のある日 
 西新宿のホテルをチェックアウトしたまま 彼のゆくえを知らない
 誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した 

 思い出せるかな?
 かつては いろんなところでよく 彼の姿を見かけたものさ
 駅のホーム にわか雨の商店街 ジャズの流れる喫茶店 
 レイトショウの映画館

 いうまでもなく 彼はとてもシャイだったから
 僕らはおたがいに 声をかけあうでもなく
 かといって無視するでもなく
 目を合わせ はにかんで 目を伏せる

 彼の名前は ミスター リリック

 思い出せるかな?
 いつから彼の姿を 見かけなくなってしまったのだろう? 
 夕暮れの街角にも 路地裏にも
 酒場のカウンターにも   
 図書館にも 書店にも

 たしかに 彼がいなくたって 僕たちは生きていける 
 ほら このように
 僕たちは結婚し マンションを買い ごちそうを食べ
 よく笑う

 1987年のある日 
 東京では最後にその姿が目撃されたまま 彼のゆくえを知らない
 誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した 

 それはどんなマジック? あるいはトリック?
 いいえ 彼の名前は ミスター リリック
   
 思い出せないのかい?
 街中の人間がみんな記憶喪失してしまう チープなSF映画のように
 なぜか誰も彼の不在を 怪しまない 話題にしない 

 みんな さびしくないのかい? 
 あのさびしい後ろ姿を見失って
 新聞は報道しない TVは気にもしない 
 名前さえ忘れたかも知れない

 彼が消えた街の 人気者は ミスター コミック 
 あるいは 羽振りのいい ミスター エコノミック

 みんな 泣かないのか? 泣かないのか? 
 あの哀しみも 涙も失って
 ああ 僕はひどくさびしいよ ミスター リリック

 2013年のある日 窓の外に誰かの気配

 僕は窓を開ける 
 そこに あなたはいない

 僕の 抒情よ