ミスター リリックを探して
1987年のある日
西新宿のホテルをチェックアウトしたまま 彼のゆくえを知らない
誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した
思い出せるかな?
かつては いろんなところでよく 彼の姿を見かけたものさ
駅のホーム にわか雨の商店街 ジャズの流れる喫茶店
レイトショウの映画館
いうまでもなく 彼はとてもシャイだったから
僕らはおたがいに 声をかけあうでもなく
かといって無視するでもなく
目を合わせ はにかんで 目を伏せる
彼の名前は ミスター リリック
思い出せるかな?
いつから彼の姿を 見かけなくなってしまったのだろう?
夕暮れの街角にも 路地裏にも
酒場のカウンターにも
図書館にも 書店にも
たしかに 彼がいなくたって 僕たちは生きていける
ほら このように
僕たちは結婚し マンションを買い ごちそうを食べ
よく笑う
1987年のある日
東京では最後にその姿が目撃されたまま 彼のゆくえを知らない
誰にも気づかれず ひっそりと姿を消した
それはどんなマジック? あるいはトリック?
いいえ 彼の名前は ミスター リリック
思い出せないのかい?
街中の人間がみんな記憶喪失してしまう チープなSF映画のように
なぜか誰も彼の不在を 怪しまない 話題にしない
みんな さびしくないのかい?
あのさびしい後ろ姿を見失って
新聞は報道しない TVは気にもしない
名前さえ忘れたかも知れない
彼が消えた街の 人気者は ミスター コミック
あるいは 羽振りのいい ミスター エコノミック
みんな 泣かないのか? 泣かないのか?
あの哀しみも 涙も失って
ああ 僕はひどくさびしいよ ミスター リリック
2013年のある日 窓の外に誰かの気配
僕は窓を開ける
そこに あなたはいない
僕の 抒情よ